暗くなりだした空は、灰色の重たい雲を蓄えていて、新調したばかりの手袋の手をこすり合わせる。
今日は大寒波が日本列島を襲っているらしい。
つま先を冷やすまいとその場で足踏みを繰り返していると、城之内君も同じようにせわしなく動き回りだした。
しっかり寒さ対策してきた僕だってこんなに寒いのに、いつもの格好にマフラーを巻いただけの彼は見てるだけでも凍えそうだ。

「あ、海馬君きたよ」

「おっせーよ!さみーよ!」

グレートーンに沈んだ住宅地を、場違いな外車が走ってくる。
すべるように僕たちの前で止まったそれから、
分厚くて頑丈そうなコートを羽織った海馬君が降りてきた。

「お仕事お疲れさま、海馬君」

「お前おっせーよ!さみーよ!」

城之内君が両腕をさすりながら鼻声でふてくされる。
僕も心なしか鼻声だ。冷たくなった鼻では鼻水も凍るらしい。
海馬君が運転手に合図すると、黒塗りの車は音も立てずに走り去っていった。

「モクバ君は?」

「アメリカだ」

「エーゴしゃべれんのか?」

「少なくとも貴様よりは話せるだろうな」

「るせーな。俺はアメリカ行く予定なんてねーもん」

僕たちは並んで歩きながら、あれこれと話す。
城之内君はもう社会人として立派に働いていて、海馬君は以前にも増して多忙になっていた。
学校というつながりも消えても、僕らには決闘者であるという何よりも強い結びつきがあるけれど。

年に一度、僕たちはこうして集る。

僕と城之内君と海馬君。
僕たちの関係は、あのころと比べてどう変わったのかうまくは説明できない。
相変わらず城之内君とは頻繁に遊んでいるけど、海馬君はそうはいかなくて。
でもいつしか三人で集まるようになった。
なぜ海馬君が付き合ってくれる気になったのか。彼は何も言わないし、僕たちも何も聞かない。
ただ三人肩を並べて歩いていると、僕たちは変わったって、そう思えた。
月日はただ流れていくんじゃなくて、それぞれが何かを得てきたのだと。

「今年はラーメンな」

「あ、もしかしてこの前言ってたとこ?」

「そうそう。海馬が屋台でラーメン食うとこ見たくね?」

「うわー。楽しいかも」

「お前屋台とか行ったことねーだろ?」

「フン。くだらんことで威張るな凡骨。そもそもソレ自体口にしたことがないわ」

「うっわむっかつくーなんだそのセレブ発言」

「ええ!?海馬君ラーメン食べたことないの?」

「記憶にない」

「もったいないよ!おいしいのは本当においしいから」

「そうか」

「てめーはよぉ、高い=うまい、じゃねーことを覚えて帰りやがれ。
 んで店選ぶときにそれ参考にしろ」

「貴様・・・去年の俺の店が気に食わなかったとでも言うつもりか!」

「たけーんだよ!うまい以前にたけーんだよ!!お前の店は!」

「しょうがないよ城之内君。だって海馬君だもん」


話していると体も温まる。


「あ」

「ん?あっ・・・・・マジかよ」

「雪か」

「初雪だね」

「傘ねーぞ」

「帰りに買おうよ、城之内君」

「おう。海馬、お前車かえしちまって失敗したな」

「あ、そっか。迎えに来てもらうの?」

「人を幼稚園児扱いするな」

「ふーん。お前でも歩いて帰れるんだな」

「貴様」

「あ、ついたぜ!」


はきふるしたジーパンにスニーカー、適当に巻いたマフラーの城之内君。
耳あてに毛糸の手袋とマフラーでなんだかモコモコしている僕。
ピカピカの革靴にしわひとつない立派なコートの海馬君。

僕たちは三人そろって屋台の暖簾をくぐった。
醤油と味噌の匂いが食欲中枢を刺激する。

「俺味噌ラーメン。絶対」

「じゃあ僕は醤油にしようかな」

「おい、メニューはどこだ?」


ねぇもう一人の僕。
僕たちはこんな風に未来を生きているよ。