海馬はとても上品にものを食べる。
飢えを知らぬ人間の食べ方だ。
爪の揃えられた指先でナイフとフォークを操り、平素のやかましさは嘘のようになりを潜めている。
まるで御令嬢だと、首をすくめる間にも、テーブルに並ぶできたての料理が静かに処理されていく。
聞き苦しい音は一切たてず、咀嚼の音すら聞こえない口の中へ。

もっとうまそうに喰えばいいのに。
つまらない男だ。


バクラは銀のナイフを厚いステーキに突き刺した。
絶妙なミディアムレアだ。
近頃はわざと食事時を狙って訪問するようにしているが海馬に不快感を示されたことは一度もなかった。
今更バクラの厚かましさを責めるのは、いかにも馬鹿馬鹿しいと思ったのだろう。

この世にどれほどの料理の種類があるのかは知らないが、出される料理は一様にみな素晴らしい味だった。
それは己が意識がこの身体を支配していない時も含めて、そしてまだ眠ったままの魂に刻まれた記憶を含めても、間違いなく最上級だ。

だというのに。

目の前の男は、表情のひとつ変えはしない。
それは、食事というより、摂取。
この男に食される豪華料理の哀れさはバクラの同情をも引いた。
柄にもなくもったいないなどと思ってしまう



ニンニクソースをたっぷりと絡めて口に放り込む。
海馬はすでに最後の一口を食べ終え、口元をナプキンでぬぐっていた。
あまりにも卒がない動作。
つまらないと罵りつつ、バクラは海馬の食事を観察するのが好きだった。

形式的な食事の仕草のひとつひとつから、かつて彼に施された躾けの徹底ぶりが垣間見えた。
海馬の食事はとてもエロティックだ。

癒えぬ傷と元を同じくする憎しみの呪縛が、過去から重い鎖となって、彼の心と体を戒めている。
憎悪に歪められた今の海馬は、本質を見失っている。
バクラは壊れかけた人間のいびつさを見るのが好きだった。
そこに巣くう闇はバクラの領域であり、バクラに安らぎ―――こんな表現は馬鹿げていると思うのだが―――それに近いものを与える。
心動かされるのだ。


「なぁ、海馬」

水の注がれたワイングラスに唇をつけた海馬は、目を伏せていた。
水を飲み込むときは目を閉じるのが癖らしい。
これはもう、すっかり見慣れた光景だ。

「早く食え。かたづかん」

バクラは立ち上がろうとする海馬の手を押さえた。
海馬の目が不機嫌そうに細まる。

青眼。

数千年前、白き龍を手にした男の目も、青かったのだろうか。
バクラの魂の記憶はいまだ閉ざされている。


「なんだ」

指先が、海馬の左手首につけられた時計に触れ、視線を合わせたまま時計ごとその腕を引き寄せる。
立ち上がりかけの不安定な体制から、テーブルに手をついた海馬の顔が、バクラのすぐ上に重なった。

ポーカーフェイスだ。
決闘では激しく移り変わる表情が、あるいは、最愛の弟には微笑むこともできる海馬の整った顔は、完璧な統制の元に、無関心の無表情を作り上げていた。
バクラは、この表情が一番好きだ。
彼を傷つけ服従させたい欲求と、執拗なほどの愛撫で泣かせてやりたい欲求が、バクラの中で激しくせめぎ合う。
だが結局のところ、どちらも同じことを求めているのだ。


「ニンニクくさいキスはいらん」

「テメェも同じもん食っただろ」

目を閉じた海馬のほうから、唇に吸い付いてきた。
ちゅ、と短い音がして、すぐに離れていく。

「残すな。食ってから来い」

海馬はあっけなくバクラの手を振り解き、食堂を出て行った。











海馬がバクラに抱かれようとする理由に、初めから興味はなかった。
海馬は海馬で、己自身の問題の処理にバクラを利用しているのだろう。

他人の手を借りた自慰でしかない。

バクラは以前、二人の関係を疑問視した現世での依り代の主に、そう説明した。
宿主は自分から訊ねてきたきた割には、さほど興味があるようではなく、

つまらない応えだね。

そうこぼしたままこの問題については黙殺しているようだ。
自分の体で他人とSEXされることに異論をとなえないのは、少々奇妙にも思えた。
バクラは海馬の事情よりも、宿主の腹の中が気になっていた。




「来たか」

海馬は自室のベットの上で待っていた。
膝の上には、英文の経済誌が乗っている。

「可愛げがねぇな」

「貴様が待たせたからだ。早くしろ」

「命令するんじゃねぇよ」


自らシャツのボタンをはずし始める海馬の上に、覆いかぶさる。
バクラは、さらけ出された白い喉元を両手で絞めるように触れ、そのまま海馬の上体をベッドに押し倒した。
背中への柔らかな衝撃で体がわずかに跳ね返る。
その時喉元を押さえつけたままの手が、海馬の気管を圧迫した。


「・・・・っ・・」

喉の奥から出た枯れた声を、触れている喉元の振動で感じる。

やはり、この男を蹂躙するのは楽しい。
素晴らしく、楽しい。

青い瞳が、続きを促すようにバクラを見た。
ひどくつまらないものを見たような目だ。
背筋を快感が駆け上がる。
バクラは海馬の足の間に膝を入れ、ベットに一歩乗り上げた。


「瀬人」


己より大きな体躯の上に乗りかかったバクラの白髪が海馬の耳元に落ち、艶やかな毛先が散る。
前髪の先が海馬の額にかかり、鼻先が触れ、唇に互いの吐息が触れた。
上唇の先の方が一瞬触れ合い、また少しだけ離れた。

焦れたように海馬がバクラの後ろ頭を、髪ごと掴んで強引に引き寄せる。
唇が深く合わされ、バクラの豊かな髪によって隠された場所から、静かに水音が響いた。


バクラが顔の角度を変える度に、密やかな呻きが漏れる。


キスにしては長すぎた。
苦しげにシーツを引っ掻いていた海馬が、バクラの後ろ髪を思いっきり引っ張って、唇に覆いかぶさる顔を引き剥がした。



解放された海馬の胸が、空気を求めて激しく上下する。
顔にはすっかり血が上り、吸われ続けた唇の端から、一筋の唾液が滑り落ちた。
髪を掴まれたまま転がっているバクラもしばらくは息を切らしていたが、激しい肩の上下は、いつのまにか愉しそうな笑い声を発していた。

「貴様・・・・」

「怒んなよ、社長。ちゃんと消臭剤飲んでただろ?テメェのメイドがくれた奴をよぉ」

じゅる、と口にたまった唾液をすすった。
海馬で遊ぶのは楽しくて、少し調子に乗りすぎる。


「来いよ」


まだ息の落ち着かない海馬に向かって、バクラは悠然と笑いかけた。


「なぁ、来いよ。もっと遊ぼうぜ」






 

 

オチません